産地レポート
ハウスによる栽培で1年を通じて安定供給
妻の美智子さんと一緒に黙々と収穫する
特秀の木の芽
「木の芽」は、山椒の木の若芽のこと。木の若芽を指す一般名詞が、山椒の葉の代名詞になったのは、その豊かな香りと、木の芽あえや木の芽焼きなど、季節感を大切にする日本料理に欠かせなかったからでしょう。5人の生産者で作るJAおうみ冨士「吉川木の芽会」は、そんな木の芽をハウス栽培することで、一年を通じて市場へ安定供給しています。
その一人、辻良作さん(54)は15年前に勤めていた会社を辞め、父から木の芽栽培のノウハウを引継ぎ、木の芽栽培を始めました。吉川地域では、30年前までは大根や白菜などを作っていましたが、農業従事者の高齢化に伴い、軽量で収益の上がるものを、と木の芽栽培に行き着きました。当時先行していた愛知県でビニールハウス栽培を勉強させてもらい、今のスタイルができあがったといいます。
種から育てて新芽だけを収穫
収穫直前の瑞々しい木の芽
高さ約20センチのブロックより上に出ないように「伏せ込み」した苗木
ビニールハウスの中で、木の芽が並ぶ室(むろ)には葉が乾燥しないよう、さらにシートがかけられています。そのシートをめくると、途端に濃厚な香りに包まれ、つやつやと緑色に輝く、瑞々しい木の芽が・・・。口に含むと軸まで軟らかく、豊かな香りとピリっとしたほどよい刺激が広がります。辻さんたちが作る木の芽は、栽培環境に徹底的にこだわり、手をかけた品質の良さが魅力。「香りがもちろんですが、小葉の刻みが多くそろっていて、色の変化も少ないものが美しい葉の条件です」。
栽培は種採取から始まります。まず、8月半ばから9月半ばにかけて種を採取し、翌年3月にまきます。5月に畝(うね)を立てて定植し、翌年2月、50~70センチまで育って葉が落ちた状態の苗木をいったん収穫。冷蔵庫で0度~マイナス1度の氷温で保存します。これをハウスに斜めに挿し木する「伏せ込み」をし、季節により10~25日で出てきた新芽を摘み取って出荷します。
種から数えてのべ3年かけて育てた葉たちですが、新芽を摘み取った後の葉は硬くなるため収穫せず、苗は廃棄します。
温度を調節し、風を入れ 収穫はピンセットで
収穫はピンセットで丁寧に
箱詰めされた特秀の木の芽。1箱100枚入り
収穫は、室(むろ)を囲むブロックに渡した板の上に座り、ピンセットで1枚ずつ丁寧にザルへ入れていきます。収穫する葉の大きさは約3センチ。「僕らの太い指では葉と葉の間に入らないし、葉が傷つくからね」と辻さんは笑います。
ビニールハウスの中を20度から25度に保つために、季節や外気温に応じて、天井に寒冷紗や不織布をかけたり、蒸れてしまわないように横のビニールを上げて風を入れたりと、こまめなケアが欠かせません。しかも、収穫は毎日。夏場は朝5時ごろから始め、大きさと形によって、特秀、優、パックに選別します。出荷先は大阪・京都の中央市場で、その後、料亭、ホテル、スーパーなどに供給されます。これだけ大切に育てているからこそ、「どこに出しても恥ずかしくない」「香りが違う」と自信と誇りを持って市場へ出せるのです。
「いい苗木」作りが基本年間約5万本を栽培
木の芽作りの基本は「いい苗木の生育」です。1軒の生産者が1棟のビニールハウスで木の芽を生産していますが、1人が作る苗木は年間約5万本。苗木は露地栽培のため、雨や気温など自然の影響をもろに受けてしまいます。
「安定供給できるのは、苗が冷蔵庫で眠ってくれているから。天候不良などで苗の育成に失敗すると、翌年の収穫ができません」と辻さん。木の芽の収穫を犠牲にしてでも苗木の世話を優先します。それでも誰かが苗作りに失敗するとお互いに融通し合えるのは、木の芽部会の強みでもあります。
「木の芽は、ハウス一つでできる、金のなる木。でも生きものやから、毎日手をかけ、心をかけて育ててやらなね。高く売れると、やっぱり一番報われるかなぁ」。
照れ臭そうな笑顔から、辻さんの木の芽への愛情が垣間見えました。