2018年3月の特集 政所茶【産地レポート】政所茶
『政所茶』は、土山茶、朝宮茶と並ぶ近江三大茶のひとつ。「宇治は茶所、茶は政所」と茶摘みの唄にも歌われ、"幻の銘茶"とも言われています。
今、『政所茶』の生産地は、若い力による新たな動きを見せています。今回、"政所茶縁の会"の代表であり、 "政所茶生産振興会"の理事でもある、山形蓮(やまがた れん)さんにお話を伺いました。室町時代から続くお茶を残すべく、地域全体が協力し、新たな取組が続々と始まっている『政所茶』をご紹介します。
『政所茶』の茶畑。この辺りは朝霧が多く、川も近いので自然の力で茶葉が育ちます。
無農薬・無化学肥料で栽培されている『政所茶』
鈴鹿山脈の谷間、愛知川の源流域にある奥永源寺地域の7つの村が『政所茶』のふる里です。生産農家は70軒あり、全農家合わせて1トンほどの収量。今までは個々に生産販売していましたが、2017年の"政所茶生産振興会"の発足とともに組織での生産・販売を目指す取組を始めて1年がたったところです。その理事であり、エネルギーあふれる山形さんが栽培する茶畑に連れていってもらいました。
茶畑と言えば整然とお茶の樹(き)が並んでいるイメージですが、畝(うね)になった茶畑は見られず、急斜面に1本1本の樹が生えた独立型の茶畑が広がっています。
「この土地で種が落ちて芽吹いて育った在来種なので、何百年もの歴史がある樹なんですよ」と山形さん。毎年、新芽を出して、葉っぱが落ちて、それを何百年も繰り返している生命力にまず驚かされます。
一般的に販売されている茶葉は、挿し木をして葉の形状を均一化した品種茶と呼ばれるものが大半ですが、ここの茶葉は、細いものや幅広いものなど葉っぱの形状も個性的。まさに自然のまま。「茶樹はそれぞれ違って、それぞれに個性があります。育つ土地が違うと味も違うんですよ。川を挟んで向かいあった茶畑でも、同じ味ではないんです。『政所茶』は樹と土地の違いで味にも差が出てくるので、個性を引き出した売り方ができないかと模索中です」と山形さん。
茶葉は肉厚で葉っぱの大きさもそれぞれ。
愛知川の源流とあって水は透明感があってきれい。
1度全部葉を刈り落とす台刈りで再び元気な茶葉が育つ。
『政所茶』は、5月から6月にかけて新茶の時期を迎えます。手で葉っぱをしごくようにしてとる"しごき摘み"が特長的です。新茶が終わると番茶用に茶葉を摘み取ります。今までは番茶になる茶葉は人手が足りないため摘み取らず、そのままにしていましたが、現在は生産振興会で計画的に取組めるようになりました。手摘みされた茶葉は、地域内にある工場へと運びこまれ、葉と軸に分けて木桶でじっくりと蒸して乾燥し、"平番茶"用の茶葉に仕上げられます。
春、初夏、秋には肥料入れのために、ススキや落ち葉を山の中で集めます。暑い時期は体力的にもきつく、急な傾斜で足場が悪いので、作業しづらいことも多々あるそう。これら作業をおじいちゃんやおばあちゃんが淡々と作業する姿に山形さんは感銘を受け、大切なコトを教えてもらったと言います。
気になる『政所茶』の味を聞いてみると、「すっきりと飲めて香りがいいです。苦みの中に甘みがあり、無骨な味わいですが自然なお茶の味がして、余韻が楽しめます」。おすすめの飲み方は?と尋ねると、「地元の湧き水で飲むのが一番美味しい飲み方なので、飲みに来て欲しいですね。水出し茶がすっきり飲めて香りも良く、手軽に作れるのでおすすめです。ミネラルウォーターのペットボトルに煎茶5gぐらいの茶葉を入れて冷蔵庫で24時間冷やすだけ。あと、番茶ならお茶漬け、煎茶ならお菓子に、良く合います」。
茶畑の近くの工場。木桶で茶葉を蒸して平番茶の茶葉を作っている。
地域の人の想いに惹かれ、特産品としてのお茶の魅力に惹かれる
山形さんが『政所茶』の関わりはじめたきっかけは、2012年、滋賀県立大学のフィールドワークで奥永源寺地域に出会ったことから始まります。この地域に住む高齢者が体力的にもしんどくなり、後継者も街に出て過疎化が進み、この先たちゆかなくなる悔しさと、「先祖から受け継いできたお茶を守りたい」という熱い想いを目の当たりにして、なんとか力になりたいと思い学生を中心とした"政所茶レン茶ー"を設立。政所のお茶作りを通して地域の文化を学んびながら活性化にチャレンジいたしました。
その後、社会人だけの"政所茶縁の会"という任意団体を発足し、畑を借りて週末にお茶づくりを学びに通うようになり、『政所茶』や地域の人たちに、触れるたびにどんどんと惹かれていったそうです。でも、所詮はよそ者という感覚が拭えずにいたところ、たまたま地域おこし協力隊がこの地の募集をしていたいので応募し、定住を決め、『政所茶』の復興に取り組み始めました。
協力隊の任期は3年で終了するので、その前にこの地域の40代、50代の若手層との話し合いをもったところ、個々ではできないことをみんなで助け合いながらできたらいいのではないかと2017年4月に"政所茶生産振興会"を発足、本格的な活動が始動したばかりです。今まで個別に取り組んでいた栽培方法や販路開拓などもグループで活動することにより、外部への認知度や訴求力を高められると期待されています。
地域の人に「れんちゃん」と呼ばれて親しまれている山形蓮さん。
この地のいいモノを次世代に残したい
山形さんは茶栽培の作業をするかたわら、販路拡大や加工商品の開発、生産量を増やすための策や人材確保など、さまざまな課題解決のためにも奔走しています。ご自身の屋号でもある"政所茶縁の会"では、見せ方や売り方を工夫することに取り組んできました。お茶を飲む時間を贈るということで、切手を貼って送れる封筒型パッケージの"茶文"を作ったり、お菓子などに混ぜやすいよう粉末状にした"煎茶パウダー"を作ったり、「クラブハリエ」とスイーツのコラボ商品を開発したり、『政所茶』を知ってもらうための活動を行っています。取材時も地域のお母さんたちと一緒にイベント向けの茶団子作りに励んでいました。
パッケージのデザインにもこだわりが。写真右側が"茶文"で、おみやげにおすすめ。
『政所茶』のこれからについて山形さんにお聞きすると、「『政所茶』の産地として、今、自分が見ているこの地域の美しい風景を次の世代も見られるようにしたいですね。"定住する"というあり方は変わるかもしれないけど、"交流"という形で地域とつながって、この地域のいいモノを次世代にも残せるようにしたい」とのこと。
「便利なことや楽なことに流されず、あえて大変な方を選んでも、それを当たり前のこととして受け止め、自然に感謝しながら生きている、そんないいモノをいっぱいもっているこの土地の人々の想いも一緒に受け継いで、伝えていければいいですね」と静かに語る山形さん。そこには強い意志を秘めていることを感じさせられました。若い力と地元の方々の想いが一体となって、『政所茶』の未来は明るい方向へと向かっています。
樹齢推定300数年の『政所茶』の在来種。枝が横に広がり、樹の幹も立派。まだまだ現役で毎年茶摘みも行われている。