氷魚 ~訪ねた人 大津市 堅田漁業協同組合 今井政治さん~
冬の風物詩「氷魚(ひうお)」
氷魚漁の朝は早い
12月。まだ日も昇らない早朝の堅田漁港では、早くも漁から帰ってきた漁師さんたちが、船の灯りを頼りに水揚げ作業をしています。次々とザルで掬われ、バケツに移されていくのは、冬の琵琶湖の風物詩「氷魚」。体長3〜6センチほどのアユの稚魚で、その名のとおり氷のように透き通った体が特徴です。
漁獲された氷魚の一部は養殖され、滋賀県各地の河川に放流されます。
「漁獲量は去年より少なめですが、琵琶湖全体でいえば堅田は多い方なんですよ」と教えてくれたのは、氷魚漁に携わって35年のベテランで、堅田漁業協同組合 副組合長の今井政治さんです。刺し網漁や沖すくい網漁など、アユ漁にはさまざまな種類がありますが、氷魚に用いられるのは「エリ漁」。平安時代の和歌でも詠まれたほど、琵琶湖漁法の中でも長い歴史があります。
バケツに入っているのは、なんと水10kgに氷魚8kg。これを何度も運んでトラックの水槽に移し替えるのはかなりの重労働です。
琵琶湖と共に生きるための「システム」
千年以上、受け継がれてきた琵琶湖を代表する漁法「エリ漁」は、琵琶湖を回遊する湖魚の生態を利用する"待ちの漁法"といわれています。矢印のような形に網を仕掛け、「ツボ」と呼ばれる行き止まり部分に魚を誘導して捕獲します。エリ漁は必要な量だけ漁獲することができるため、資源を守れるのも特徴です。
そんなエリ漁は2006年、同じく滋賀県において長い歴史をもつヤナ漁とともに水産庁の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に認定。さらに、エリ漁を初めとする、琵琶湖と共に生きる滋賀県ならではの農林水産業、通称「琵琶湖システム」が19年に「日本農業遺産」に、22年には国連食糧農業機関の「世界農業遺産」に認定されました。
滋賀県の伝統文化が世界に認められた一方で、エリ漁を守っていくためには課題もあります。「水揚げ量は減少傾向ですし、反対に水草の量は増えています。網の手入れや修理にも以前より時間がかかります。でも手を抜くわけにはいきません。魚たちは賢いので、汚い網には決して入らないんですよ」と今井さん。現在、堅田でエリ漁に携わる漁師さんは8名。若い世代を中心に担い手を増やしていけるかも、今後は重要になってきそうです。
「昔は竹で漁具を作っていたんですよ」と今井さん。エリ漁は叔父さんから引き継いだそうです。
冬限定の妙味を味わって
滋賀県では、「県下一斉清掃運動」やヨシ群落の保全活動、「環境こだわり農業」の推進など、琵琶湖の環境を維持・向上するためにさまざまな取り組みが行われています。これらの活動が実を結び、たとえば固有種・ホンモロコなどは漁獲量が回復してきているといわれています。一方で、捕れない時期が長く続いた影響で減った需要をどうやって回復するかが課題になっています。
「需要という点では氷魚は安泰です。毎年この時期になるとご家庭からも『売ってください』と組合に直接電話が来るほど、楽しみにしてくださっている方が多くいらっしゃいます」と今井さん。ちなみに一番おすすめの食べ方は釜揚げ。沸騰したお湯に塩を少々、そこに氷魚を入れて5分ほど湯がくだけでOKです。「醤油かポン酢かは派閥が分かれるところですね(笑)」。ネギなどと一緒に鍋に入れ、薄味で「じゅんじゅん」にしたり、大豆と一緒に炊いて佃煮にしてもおいしい氷魚。京都や滋賀などの料亭でも味わえるほか、12月〜3月頃は、地元の鮮魚店で購入することもできます。ぜひご賞味ください。
水揚げ作業をしていると、ネコや鳥たちがどんどんやって来ます。
(取材日:2023年12月11日)