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鮎河菜(あいがな)

<鮎河菜(あいがな)> ~訪ねた人:鮎河菜生産者の谷北さん~

鮎河の里で守られ、育ててこられた伝統野菜。鮎河菜を食べんと、春になりません。

鮎河菜畑の前で、鮎河菜を手にする谷北さん。

――鮎河菜にまつわる昔話――

時は平安時代。三上三郎という人がこの地を歩いていた時、川に葉っぱが流れてきたので、「こんな上流に人が住んでいるのか」と川をさかのぼったところ、鮎河の集落に辿り着く。出会った村人から「化け物タヌキに娘がさらわれるて困っている」という話を聞き、三郎は見事にタヌキを退治。感謝した村人は三郎を地元の祭神(三上六所神社)に祀った。そしてこの時、三郎を鮎河に導いた葉っぱが鮎河菜だったと語り伝えられている。

めでたしめでたし。

鮎河の里で育つ甘い風味

鈴鹿山脈の南に位置する甲賀市土山町の山間の集落「鮎河」(あゆかわ:地元の人は「あいが」と呼ぶ)地区で守られてきた伝統野菜、鮎河菜。その栽培は、平安時代にまでさかのぼるとも言われる野菜で、アブラナの一種。甘味があり、漬物やおひたし、天ぷらなどに活用されています。

鮎河菜は茎が甘い。

谷北さんは今年83歳で、4人の孫と暮らすおじいさん。鮎河の集落で生まれ育ち、鮎河菜をずっと食べてきました。
「うちのじいさんのじいさんの時代にはあったというから、江戸の終わり頃にはもう食べられとったんじゃないかな」

谷北さんのご自宅から歩いて5分という鮎河菜の畑へ行くことに。集落の家々の前には小さな畑があり、3月の時期には珍しい黄緑色の葉っぱをふさふささせた野菜が育っています。もしかしてコレも?

「そう、鮎河菜や。鮎河菜はもともと自分の家だけで食べる野菜で、それぞれ自家採種でつくり続けてきたから、家によって微妙に風味が異なっています」
「不思議なのは、鮎河の集落を出て栽培すると味が変わってしまうこと。他のアブラナと交雑しやすい性質やから、すぐに本来の鮎河菜でのうなってしまう。また、寒さがきつい鮎河の気候やないと上手に育たん、ともいわれています」

茎がとう立ちした頃が食べ頃

鮎河菜は9月に畑に種を蒔き、厳しい寒さを経て、3月中旬から4月上旬にかけて収穫します。

谷北さんの鮎河菜畑。

「今はまだ茎がとう立っていないので、収穫にはちょっと早いんやけどなぁ。鮎河菜は茎の部分がいちばん甘くておいしいんや」
鮮やかな葉っぱをかきわけ、説明してくれる谷北さん。葉っぱの中には、小さな緑のつぼみが見えました。鮎河菜の食べ頃は、この花芽が10cmほど茎になって伸びて立ちあがった「とう立ち」になった頃。茎に強い甘味が凝縮されているそうです。

(左)一番芽を収穫した後、脇芽の二番芽も収穫する。
(右)「4月になるとこのへんまで茎が伸びる」と、谷北さん。

試しに茎をかじってみると、本当に甘い!ビート(砂糖大根)のような、はっきりわかる甘味が口中に広がります。食感はブロッコリーのよう。葉っぱも苦みやクセがなく、サラダで楽しめそう!

鮎河菜の茎は特に甘味が強く、おいしい。

茎は、1週間くらいの短期間に素早く生長するためみずみずしく、また、冬の寒さで水分が濃縮されて甘みが増すとか。
「このあたりの冬は大変厳しく、気温は0度以下に下がります。20~30cm積もるくらいが適度な重みになって鮎河菜の生育にはよいんです。」

春が来たと実感できる味

鮎河の集落で食べられていた鮎河菜ですが、谷北さんは15年ほど前から近くの直売所などへ出荷しています。せっかく育てた鮎河菜を、最近は鹿が食べに来るなど、その対策も大変だそうですが、珍しくおいしい鮎河菜を広げてほしいと思うところです。

また、谷北さんは、集落を流れる鯎川(うぐいがわ)岸の桜並木で毎年開催される「桜祭り」の発起人。このような活動を始めたのも、故郷の鮎河を愛するゆえ。

「鮎河は、若い人が街へ出てさびしくなっています。よそへ出て行った人が、年に1回でもええんで帰ってくる機会を作れたら、と思い、桜祭りを始めました。祭りのときには、塩漬けの鮎河菜を混ぜたおにぎりもふるまい、桜祭りの名物になっています。鮎河は、山しかありませんが、空気がきれいで、森林浴にもいい。鮎河菜を見て、こんなところもあるんだと立ち寄っていただけたらうれしいですね」

鮎河の桜は平地の桜が散ったあとの4月中頃満開になり、同じ時期に鮎河菜も黄色い花を咲かせるそうで、とてもキレイだそうです。「ぜひ桜祭りに遊びに来てください」と谷北さんからお誘いの言葉。

鮎河菜の定番料理。左からおひたし、漬物、漬物入りのおにぎり。

(取材日:2012年3月14日)

■鮎河菜が買える場所(3月中旬~4月上旬ごろ):JA甲賀の直売所花野果市、道の駅「あいの土山」

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